基本遠江(とうとうみ)の武将である百田夏菜子にとって大井川から東の地というのは封じられた「外様」の地であって、そこで確固たる地位を築いた今となっては、転じて西に眼を向けるのは当然のことであった。遠江の西といえば三河であり尾張である。尾張は天下人AKB48の名代であるSKE48がサンシャイン栄の城主として君臨する東海道の要衝である。この尾張を抑えることができればあとは大阪までは事実上敵のない無人の地であって、AKB48以後の天下を狙うももいろクローバーZにとって尾張国はどうしても手に入れておきたい重要拠点の一つであった。


そして、この尾張国が天下をめぐる要衝であることは天下人秋元康にとっても同じことであって、だからこそこの尾張を支配するSKE48はアイドルであると同時に、精強無比の戦闘部隊としての側面が与えられることとなった。戦えば勝つ必ず。これがSKE48に求められる最大のポイントであった。ももクロはSKE48が尾張名古屋で挙兵した際、高井つき奈を送るなどして事実上の同盟関係を結んでいた。尾張と遠江、二つの国の国主が手を結ぶことで東海道は完全にこの2ヶ国の勢力圏に置かれることとなる。だが、このバランスは、AKBがNHKで冠番組を得、Perfumeを放送センターから追い落とすための作戦の支作戦として行われた「CCレモンホールの戦い」でももクロ、SKE48連合軍が地の利を味方に戦った「たった4騎の」スマイレージに潰走させられることによって齟齬を生むことになる。

SKE48、言うほど強力でない。これがCCレモンホールの戦いから得られた分析結果であり、ここに「尾張侵攻作戦」が企図されることとなった。

第一次尾張侵攻作戦は2010年の10月に計画された。作戦名は

ももいろクローバー

名古屋初!単独LIVE

~ お留守のようなので“あたためて”おきました~

日時:2010年10月17日(日)場所:愛知県名古屋市中区錦3-24-4

SUNSHINE SAKAE2F

SKE48が神戸遠征なのをいいことに、一挙に本丸を落とす作戦である。が、いくら同盟軍とはいえ、本丸入城をやすやすと許すほどSKE48はバカではないのでこの作戦は頓挫。だが、尾張名古屋が喉から手が出るほど惜しいももクロは会場をPARCOとなりのOZONに移して作戦名

「ももいろクローバー名古屋初!単独LIVE~親友は、東からやってくる!?~」in名古屋OZON

として決行された。なんと、同盟軍として東京女子流を従えての尾張名古屋遠征である。ももクロはSKEにはぶられても女子流を動員する政治力を持っているという軍事的プレゼンスを示すためこの第一次尾張遠征は決行された。

その後、早見あかりの脱退に伴う内部混乱と大震災の影響で尾張侵攻作戦は中断されるに至ったが、2011年の7月に至り第二次尾張侵攻作戦が企図されることとなった。


まず、7/16の美浜海遊祭。これはSKE48のスポンサーである京楽主催のイベントでありSKE48は公式サポーターという立場。ここに殴りこみ。1週またいで7/30、久屋大通で行われるCBCラジオロココロ祭りでついにSKE48との直接対決。


果たしてももクロは尾張名古屋で「SKE48より全然すごい」の称号を得ることに成功するのか、SKE48が全力でももクロを叩きのめすのか、いよいよ運命の第二次尾張侵攻作戦が開始される。


ついでに、ヒミツのケンミンshowに百田夏菜子が静岡県民代表として出演決定!ますます遠江国カラーを全開にするももクロちゃんに明日はあるのか!